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問題の根?

ひとりごと
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 のまさんの記事、日本の本屋は情報を売り、米国の本屋は紙を売る ([の] のまのしわざ)を読んで、日本が抱える問題の根は、ここにあるのかな?と思った。
 以下、同記事からの引用。
日本の本屋は情報を売り、米国の本屋は紙を売る ([の] のまのしわざ)
アメリカの本屋が日本のように「情報」に値段をつけず、「紙」に値段をつけることにしているかというと、「情報」さらには「知」に対する考え方の違いから来ているのではないかと思います。
根本的に「情報」や「知」は公共のもので、それをみんなが平等に分かち合える、という民主主義に立脚しているのではないかと。
民主主義 - Wikipedia
民主主義の成功のためには国民の有権者全体が知的教育を受けられること、恐怖や扇動に惑わされず理性的な意思の決定ができる社会が不可欠である。
民主主義を達成するためには、民衆が知的でなければなりません。知的になるためには知識の源である本が、誰でも見られる状態になる必要があります。つまりアメリカの本屋は図書館と同様、民衆を知的教育する公共性を有していると思われます。
一方日本は権威主義のため情報や知識は権威が持つものといった風潮があり、逆に権威は民衆が知識を持つのを保身上嫌います。
権威主義 - Wikipedia
権威主義(けんいしゅぎ)とは、意思決定や判断において自分の頭で考えたり情報を集めずに権威に盲従する態度。
特に官僚主義と結びついた権威主義、学歴社会が日本社会の主軸となっているので、「情報にこそ価値がある」というのは社会の共通認識です。そのためその価値を値段に換算しますし、閉鎖的にもなります。
とはいえ、アメリカが本当に民主主義なのか?と考えると、完全な民主主義ではないかもしれないが、日本よりはましだろうと思う。そして、おそらく民衆の意識レベルで知の共有を認めるか認めないか?あるいは、知る権利を認めてるか?認めてないか?という感じだと思う。
 んでも、この記事を書いたのまさんの真意は違うとは思うのだけども、オラはこの日本が抱えてる問題の根は、知の共有を認めてない日本社会なんではないかと、のまさんの記事を読んで思ったのである。
 と同時に、角皆さんの日本のこれから|トナカイの独り言を読むと、ここまで国家の負債が大きくなったのも、知の共有を認めてない日本社会が原因なんではないかと思う。
 ただ、公共事業削減に反対する企業と、増税に反対する国民が負債を大きくしてきたのも事実なので、一概にこれが原因とするもの危険だと思う。国の無駄遣いを徹底的に改めて、それでもやはり財源が足りない場合のみ増税するのであればやむなしかもしれないが、現状のまま増税は納得できないなぁ。
 と、ちょっと話題がそれてしまったが、何がいいたいのかというと、もっとオラたちはいろいろな事を知らなきゃだめなのかもしれない…という事。
 本をあまり読まないくせにたいそうな事いってますが、率直な感想というか思った事なので、ご勘弁ください。

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